膝関節の中には二種類の軟骨があります。骨の表面を被う硝子軟骨と半月板を作る線維軟骨です。これらの軟骨が変性して、痛み、こわばり、はれ、正座困難、等の症状を起こしたものを変形性関節症とよびます。骨折やリウマチ等の病気によって生じるものを二次性変形性関節症と呼びますが、今回は、特に原因が無く起こってくる一次性変形性関節症における、硝子軟骨の変性の話をいたします。

手術などで関節内を見るとき、小児の軟骨は微かに青味がかって透明感があります(ヒスイ程度の透明感)。成人のそれは、少しく黄色味がかって、透明感は少なく(象牙の様な透明度)なっています。単位体積あたりの軟骨細胞の数については、体の成熟後、年齢を重ねても減少しないといわれています(1)。一方、Hashimoto先生の研究では、無症状の成人の軟骨細胞数には個人差がある事、変形性関節症の人では軟骨細胞数が減少している事が報告されています(2)。軟骨基質については、年齢とともに、コラーゲン線維は線維間を結ぶコラーゲン架橋が増加して硬くなりますし、(老化の話で述べましたように)加齢とともに軟骨細胞の蛋白質産生能が減少する為、プロテオグリカンの分子量が小さくなって(1)保水能が低下、軟骨は弾力を失い、脆くなります。

実際は、無症状の成人では加齢とともに軟骨表面に、けば立ちは生ずるものの、深部まで破壊は及ばないといわれています(1)。犬を、1日4㎞、週5日、550週(高齢になるまで)走らせたところ、走らせた犬の軟骨は、年齢を一致させた走らせなかった犬の軟骨と変性度に差はなかったという実験があります(3)。普通の体重であれば、日常生活動作や軽いジョギングを一生やっても著しい軟骨破壊は生じにくいという事になります。しかし、農家の方や、競技スポーツの選手は変形性関節症を生じ易いことも事実です(1)。子牛の膝軟骨に対して圧力を加えたところ,軟骨細胞死が著しく増加したという実験があります(4)。一回の強い衝撃や、ジョギング以上の衝撃の繰り返し、関節に対する捻り力が軟骨を傷め、進行させる大きな要因の一つのようです。他に、生来の軟骨細胞の数、細胞のプロテオグリカン産生能力、体重、O脚、等も要因となり得ましょう。

以下、過剰な負荷が軟骨に変性(損傷)を生じさせるマカニズムを、サラッと説明します。軟骨に過剰な負荷がかかると、構造タンパク質(柱や梁の様に、物の形態を決定、維持します)であるコラーゲン線維が壊れ、コラーゲンにひっかかっていたプロテオグリカン集合体が遊出します(軟骨内プロテオグリカンの減少)。軟骨細胞の一部は細胞死を生じ、生き残った細胞の一部はインターロイキン-1という炎症性サイトカイン(自身あるいは周囲の細胞に一連の炎症反応を誘発させる蛋白質)を産生・放出します。これが自身や周囲の軟骨細胞に働いて、マトリックスメタロプロテイナーゼ(matrix metalloproteinase)やアダムツ(ADAMTS)といった蛋白分解酵素の産生、分泌をうながし、軟骨基質のコラーゲンやプロテオグリカンを分解します(さらにプロテオグリカンが減少)(5)。プロテオグリカンを失った軟骨の弾性は低下し、脆くなり、軽い負荷でも壊れ、この悪循環を止められなければ、坂道を転がり落ちる様に軟骨が減っていくことになります。ちなみに、過負荷によって生じた①軟骨細胞の一酸化窒素、②細胞と細胞外基質をつないで情報交換を担っているインテグリンというタンパク質の損傷、等が軟骨細胞死を誘導するといわれています。

正常な軟骨に対する通常の負荷は問題ありませんが、正常軟骨への過剰な負担や、脆くなった軟骨への通常の負荷は軟骨を壊してゆくことになります。

図に軟骨の変性過程を示します。

図1:正常軟骨 軟骨基質のプロテオグリカンをサフラニン・オーで赤く染色してあります。プロテオグリカンが減少すると赤色が薄くなります。

図2:軟骨変性初期 軟骨表面が、けば立ってきます。

図3:軟骨変性進行期 軟骨の深い所まで亀裂が入り(コラーゲンが切れて構造が維持できなくなってきたという事です。レントゲン写真で異常所見が出てくる時期です)。プロテオグリカン減少により基質の赤味が減少。空胞は軟骨細胞が死んで、消失した所です。分裂・増殖した軟骨細胞が集合してプロテオグリカンを盛んに産生、周囲に分泌する為、その周りだけ赤味が強くなります(軟骨の再生反応と思われます)。

図4:軟骨変性末期 関節表面の一部で軟骨が完全に消失して骨が露出します。骨にもストレスがかかり、厚くなったり、微小な骨折が生ずることがあります。

 

以下に重要な参考文献をあげます(文中の番号に対応)

(1)Buckwalter J.A.  Aging,Sports,andOsteoarthritis.Sports Medicine and Arthroscopy Review. 4:276-287.1996.

(2)Hashimoto S. Linkage of chondrocyte apoptosis and cartilage degradation in human osteoarthritis.Arthritis&Rheumatism 49:1632-1638,1998.

(3)Buckwalter J.A. Activity vs rest in the treatment of bone,soft tissue and joint injuries.Iowa orthopaedic journal 15:29-42,1995.

(4)Loening A.M. Injirious compression of bovine articular cartilage induces chondrocyte apoptpsis before detectable machanical damage. Journal of orthopaedic research.24:42,1992.

(5)Kurz B. Journal of anatomy. Pathomechanisms of cartilage destruction by mechanical injury.187:473-485,2005.