関節軟骨内には神経も血管も存在しません。従って、たたいても、割れても、擦り減っても、軟骨だけの傷害であれば痛みは生じないはずです。
一方、軟骨が擦り減ると、遊離した軟骨磨耗片が、関節包という関節を包む袋の滑膜に取り込まれて炎症を生じます(detritic synovitisといいます:detritusとは生体の一部が壊れて生じた物質の事です)(図1)。炎症を起こした滑膜内には知覚神経があり、炎症により過敏となっているため、通常では痛みを生じない動作でも疼痛を生じます。このような事から変形性関節症の痛みは滑膜から生じると言われてきました。膝の屈伸などの動作時に感じる痛みの一部は滑膜から生じていると私も思います。
でも、立っている時や、膝を軽く曲げて体重をかけただけで生じる痛みはどうでしょうか?体重が直接にかかる場所に滑膜は存在しないのに荷重時に起こる痛みが滑膜に由来すると言えるのかという疑問があります。以下、変形性膝関節症の痛みの発症のメカニズムにかかわると思われる論文のいくつかに出会いましたので、それを御紹介致します。
<論文1>Sunita Suri. Neurovascular invasion at the osteochondral junction and in osteophytes in osteoarthritis. www.annrheumdis.com.1423-1428,2007
変形性膝関節症の37名、37膝の、手術などにより採取した組織標本の調査において、13膝で軟骨下骨から軟骨内への知覚神経と血管の侵入を認めた。神経が単独で軟骨内に侵入することはなく、必ず、血管の侵入に伴っていた。血管の軟骨内侵入が神経侵入を誘導する(著者はdriving forceであると表現)。
<論文2>Paul I. Mapp. Mechanisms and targets of angiogenesis and nerve growth in osteoarthritis.Nature reviews rheumatology.8,390-398,2012.
軟骨内に血管が通るトンネルができれば、軟骨の強度が低下します。血管侵入に伴って神経が入ってくれば、そこに痛みを生じ易くなります。このため、正常軟骨細胞は、血管侵入を防ぐために、トロポニンⅠやトロンボスポンジンなどの血管新生を抑制する物質を作り、放出しています。一方、変形性関節症で軟骨が傷んだ時には軟骨細胞が、血管新生抑制因子を抑制する物質(tissue inhibitors of metaroproteinases, plasminogen activator inhibitor Ⅰ 等)や血管内皮細胞成長因子を作り、放出して軟骨内への血管侵入を許します(壊れた組織に酸素や栄養を送るための道路である血管を作り、さらに、知覚神経を侵入させて、病変部に負担をかけた時には痛みという不快な感覚を生じる事により、修復途中の弱い組織を壊すような行為を無意識のうちに避けさせているものと思います)。
SuriやMappが言うところの軟骨下骨から軟骨内への血管侵入を図2、図3に示しました。軟骨内への神経の侵入については論文中の顕微鏡写真に載っていますが、血管に伴走する神経がきれいに写った写真ではなかったため、私の絵にも軟骨に侵入する血管のみを描いて、神経はあえて描きませんでした。
パンヌス:結合組織(肉芽)でできた膜
<論文3>Sadaf Ashraf. Increased vascular penetration and nerve growth in the meniscus :a potential source of pan in osteoarthritis.Ann Rheum Dis,70.523-529,2011.
膝の半月板は線維軟骨という、関節の骨を被う硝子軟骨とは異なる軟骨でできていますが、これも体重がかかる部位では神経や血管を欠き、本来、そこで痛みを生じることはありません。Ashrafは、傷んだ半月板には多くの神経、血管が侵入している事を組織標本の調査で示し、変形性膝関節症では半月板も痛みを生じる場所である可能性を示しました(図3)。
まとめ: 変形性関節症では、①関節軟骨に侵入した神経、②半月板に侵入した神経、③炎症を起こした滑膜の神経が痛みを感じさせているようです。
血管や神経の侵入は、組織修復の為に必要な現象かと思われますし、組織修復がある程度なされれば、不要となった血管や神経も退縮して痛みがなくなっていくのではないかと思っています(その様な事が書いてある論文には未だ出会っていませんので根拠はありません)。その為には、組織修復を促進させる方法をみつける事、痛みという警告を無視して局所に負担をかけることが無い様にする事が重要であると思っています。